女の賃金・男の賃金

女の賃金は低い。誰と比べて?男と比べて。正社員同士で比べても六割から七割。そして、女性は非正規雇用が多い。いわずもなが、非正規雇用の賃金はさらに低い。

女の賃金が低ければ、時間をかけて、男性の賃金も低くなる。

職場での正社員の数が削られ、非正規雇用に置き換えられていくからだ。同じ仕事をするならば、非正規雇用にやらせたいと考える経営者が多いからだ。

同一の会社であっても、女の賃金のほうが安い事例もたびたび見てきた。

出産、育児で休んだら、当然のごとく出世の道は断たれる。新卒一年後の時点で男性よりも手当や昇給が違っていた人もいる。人事の裁量によって部署配置が決められるので、会社の規定の範囲内でそういうことが起きるのだ。

女性が育休を取り、男性が取らない時、男性側の会社は、盗っている。女性の会社から盗んでいる。休みに伴うコストを。だから、男性ばかり採用する会社は泥棒なのだ。

 

同質性の担保された内側でいくら競争しても、それは、内輪の競争に過ぎない。何を言っているかと言えば、

の「ダイバーシティ抵抗勢力」とは、「日本人」「男性」「高学歴」の属性を持つ人間だと分析されている。

これらの人々が、それ以外の人々を職場から排除する。

「男性の賃金を上げるためには女性の賃金をあげざるを得ない」という利己的な理由でも、男性たちは、女性の賃金を上げることを拒む。

女性は、安い賃金で働かされ、また、たいして賃金を獲得しないからと言われて、家庭内でも長時間の家事労働に従事させられている。

そして、家庭での長時間の家事労働があるから、子供を産むから、という理由で、「女の安い賃金は正当なのだ」と脳に刷り込まれて、それがおかしいということもできない。こんがらがっている根元を探せば、そこには女性差別がある。

社会は「女性が家庭を支えるものだ、だから、賃金は安くてかまわない」と言い、家の中で夫は「賃金が安いのだから、せめて家庭を支えてもらわなくては困る」という。これは女性差別なのだ。人権問題だ。

これから、消費税が上がるので、非正規雇用・低賃金・低学歴・障害者・病身者の女性たちのことが心配でならない。

 


我慢する三年は本当に短いのか?

90年の中の三年は短いという。

確かに、職業人生の三年は短い。四十年間働くとして、三年あれば一つの職業のあらかたは身につくというから、11回は転職できる。大人だから選べる。

でも、例えば病気や子供のころのいじめに苦しんでいたら、その三年は短いとは言えない。

病気やいじめを自分の意思で終わらせることはできないからだ。

ずっと続くかもしれない。そのうえ、苦しみの日々の中では、息継ぎに当たる和やかで心身ともに楽な時間というものが存在しないから、苦痛に塗りつぶされた真っ黒な時間だけが、のしかかってくる。

 

苦しみが楽になったとしても「あの失われた年月の間、ほかの人たちはどれだけ幸せを感じていたのだろう?それを自分は経験することができなかった」という嘆きは尾を引く。

とても、「終わったことだから切り替えよう」とは思えない。

きれいな服を着て、おいしいものを食べて、風の気持ちのいい日に歩き、歓談し、学ぶ、旅をする、そういうことが一切かなわなかった日々のことを思うと、胸がかきむしられる。

自分の意思をねじ伏せられ、支配されていたら、その苦しみは相手にだけではなく、自分にも向かう。どうして、そこから逃げることができなかったのかと。

悪いことに第三者も「逃げればよかったじゃない。自分の意思でしょ?縛られてたわけじゃないんだから逃げようと思ったら逃げられたんだから、本当は逃げたくなかったんでしょ」とまで言われるのだ。

過去を思い悩んでくよくよしていると、その間の時間も失われる。

三年、意図しない苦しみの日々を過ごしたら、それを悔やむ時間も三年以上かかるのだ。そうすると、体が動く自由な時期を失った、楽しめなかった、とまた苦しむ。

だから、たった三年、とは言い難い。

その間に得るはずだったものを身に着けられなかったから、同世代の人よりも遅れを取り、うだつの上がらない人生を送ていて、その遅れやスキルのなさを追いつけないと思うと、とてもつらい。

わたしがそこから少しでも抜ける時間ができるようになったのは、周りの支援があってこそだ。支援があって、努力する気になった。失敗を恐れず、自分の人生を生きるべく、冒険に挑戦した。そういう形で、わたし自身も努力した。

失敗するなんて馬鹿だ、と嘲笑する人はいた。そんなことをしなかったらよかったのに、とも言われた。

でも、人生を早送りしてでも、自分の思う「普通」になりたかった。だから、わたしはたくさんの失敗に突撃した。そして、失敗の仕方を覚えて、穏やかな日々を手に入れた。

過去を悔やんで苦しむ日が亡くなったわけじゃない。でも、そんなとき、その苦しみから逃げる方法をいくつか持てるようになった。

助けを求める相手も増えた。友達はライフステージが進むにつれて、減っている。

でも、また新しい人と出会えてもいる。

Twitterで「友達は季節に咲く花」と言ってくれた人がいた。

長く付き合うことは大切じゃないのだ。その時、助け合える人がいたならばそれはかけがえないことなのだ。

時間が解決するというのは、半分本当だ。でも、その半分は、いかに失敗するかだ。失敗の数が増えると安全な失敗をできる。それが人生経験となり、充実した人生をはぐくむ。失敗の自由が、人生の果実なのだ。


「なぜ騙されたの?」と聞いてくる人

こういう人はまずデリカシーがないので、これを言われたら、とっとと絶縁することをお勧めする。

または、「こうしたら騙されなかったんじゃないの?そういう考え方だからだmされるんだよ」という人もいる。それも屑だ。

 

騙されたと嘆いている人は騙されたことに気付く聡明さがあった人である。

「なんで騙されたの?」と言ってくる人は、自分も騙されていることに気付いていない場合もとても多い。

ツイーターでも見たが、「自分の思考の死角」になっていることを指摘してくれる人はありがたい。思いやり、親身になる気持ちがある人だったら、見当はずれだとしてもうれしい。

でも、「自分は騙されるようなバカではないが」「自分なら騙されないがあなたは間抜けだから」という言葉を隠して「なんで騙されたの?」と言ってくる人はバカなので相手にしなくていい。

実際、「なんであんなくずな人と結婚したの?」「なんでDVされたの?」「なんでレイプなんてされたの?」と聞いてくる人たちは、自分もマルチやネットワークやねずみ講に騙されていた李、DVに遭っていたり、搾取されていたりしていても、それに気づいていない人が多かった。外から見て不幸でも、自分が「なかったこと」にできればそれでいい人たちだ。

なんで騙されたの?と聞いてきた継母がマルチ系の化粧品ばかり持っており、五十万円の美顔器を買うだけじゃなくて、売るほうもやっていたのは衝撃的だった。「相手がほしがっていないものを売る、というのは、可能性を分けてあげるということなんですよ。いいものを教えてあげている、と思えば、相手のためになるんだ」という講演会にも行っていた。

「なんで騙されたの?」と言われたとき「そもそもお前は騙されていることにも気づいていないじゃないか」と思ったものだが、そういうことは多いらしい。

先日も、十年来の友人が傍若無人で失礼だった。

一年に一度、三時間程度会う関係で、ほとんど手が身でのやり取りだったことと、自分が最も弱っていてさみしい時にできた友達だったので、その人の思いやりのなさ、他人を人間だと思っていない、という点に気付かなかった。

その結果が爆発して、一週間近くたったがストレスが原因で今も咳が止まらない。

でも、その人に何がダメだったのか言ってもたぶん通じない。

跡から思えば、片鱗はあった。気づかなかった自分が憎い。

でも、一番の原因は、言葉を素直にそのまま受け取っていたことだ。

「わたしってすごいの」というようなことを意味することを言われたら「そうか、すごいんだ」と思ってしまう。

行動が伴っていない、言動が首尾一貫しておらず、言っていることが常に矛盾しており、言ったことを忘れて責任を取らない。

でも、言葉を鵜呑みにして、行動と食い違っていることに気付ていても、長年の付き合いだから、最初からエキセントリックだからと何とか自分をごまかしていた。

人が人を支配しようとするとき、巧妙に、その人を孤立させて、価値観を混乱させる。矛盾があっても堂々としていて、たいしたことじゃないと見せかける。

一方的に話し続けて、相手をマヒさせる。

どうして騙されたの?どうして支配されたの?どうしてそんなめにあったの?という人たちは、そういうことに遭っているはずだ。でも、気づけない。気付くと不都合だからだ。

そういう無神経な人たちは、気づいた人を攻撃する。騙されたことに気付けない人は、騙されたことに気付きたくない。だから、気づいた人は目障りなのだ。


東京医科大の女性差別とバックフラッシュ

わたしが生まれたのは、八十年代初めだった。85年に均等法が制定された。

だから、わたしが育った時代は、女性差別を撤廃するという機運に満ちていた。

差別なんてない区別だ、という人はいたが、変な人だと思われていたように思う。

バブルが崩壊しつつあったとはいえ、今と比べたら、国の力がもっとあった。今日頑張れば明日良くなると信じている人が多かったように思う。

あのころ、何が差別なのか、まだ誰もわかっていなくて、「これは差別なのでは?」と手探りで模索していた。

今は何が差別になるのか、かなりわかってきていて、それを是正するためには、どうすればいいのかもわかっている。実際に是正して、うまくいっている国のほうが多いくらいだ。

でも、日本ではいまだに「女尊男卑」だのなんだの言う人間がいる。

東京医科大のような明らかな不正にすら、それを女性差別だと認めない人たちがたくさんいる。SNSでそれが可視化されたので、わたしはすっかり参っていた。

わたしが書くことに何にも意味がないような気がした。砂漠に水を撒くのも、徒労もずいぶん経験してきた。

授業をしていても、この子がどんなに頑張っても、不正がある限り意味がない、と無気力になる。

予備校や、塾は、高校受験、大学受験でおかしな操作があることは、把握していたはずだ。

でも、予備校や塾は、「これは変えることができないので、それを見越して、適応させる」道を選んできた。

今は、様々な不正が公になって、膿が出ている時期だという人もいるが、わたしは楽観的になれない。

わたしは反日だと言われようが日本たたきだと言われようが全然かまわない。

わたしが子供のころ「非国民」という言葉は死語だった。だが、「反日」という言葉で、その概念は復活してしまった。

わたしは、県歌を子守歌に歌うくらい郷土愛があるが、それと同時に、今住んでいるところに不正や、是正するべきところがあれば批判する。それは、わたしの生活をよくするばかりか、今後の若い人たちにとっていいことだからだ。

でも、自分が住んでいる場所を批判することを「悪口をいうなら、日本から出ていけばいい」としか、捉えられない人がたくさんいることもわかってきた。

縁故主義、わいろ、汚職、不正義がはびこる国は亡びる。だから、それは是正されなくてはならない。しかし、盲目的に、追従する人たちのことを変えるのはもう難しい気がしてしまう。

個人的には、今住んでいるところの自然や、温泉が好きだから、しばらく住んでいるかもしれないが、いつか、日本の外に出る選択をするかもしれないと思う。

わたしはその選択をすることが、おそらく可能だから、そうできる。

でも、日本から逃げられない若い人たちのことを思うと、もう少し踏ん張って、戦うべきだとも思う。若い人たち自身が、不正義や不公正を当たり前の者として受け取って、そこに、適応しようとしていたとしても、やっぱり、若い人たちのためにはならないことだから、何とかしていきたいと思う。

蟷螂の斧を振り回すのにも疲れてきた。わたしの子供のころ大人だった人たちが、どんどん減っていくので、わたしはとても今落ち込んでいる。でも、だからこそ、わたしが子供のころ大人だった人たちがしてくれたことを、若い人のためにしたいとも思う。

わたしは、気の利いたことも、当意即妙なことも言えない。

Twitterは、言葉のやり取りが先鋭化しやすいので、ブログ主体で書いていく。けど、ブログという媒体自体がもうだいぶ古いものだともわかっている。

わたしは、差別主義者を変えられると思わない。でも、やっぱり、無力であっても、何かできることがしたい。

わたしにできることは少ない。寄付をする、塾講師の仕事を通して、生徒さんの学力と生きる力を伸ばす、ブログを書く、くらい。

やらないよりはましだ。それに、怒っている人がたくさんいるのはまだ救いだ。

わたしの子供のころ、教師が殴る、性的虐待をする、ということはよくあった。男子生徒が女子生徒を殴っているのもよく見た。でも、今はそういうことは減った。

それも、怒っていた人がいたから生まれた変化だ。

だから、不正義について、怒っていれば、変わるかもしれない。そういう希望を持っていたい。


アトピーと躁鬱とASDのスキンケア晒す

わたしはツイッターで自撮りをすぐあげるので知っている人は知っていると思うけどわたしはデブ&アトピーで肌がボロボロで、常々自分でもかわいそうだと思っている。

ので、今わたしが使っているスキンケアを書いておきます。

わたしは、ナッツアレルギーなので、スイートアーモンドオイルが入っていると死にます。そして、ちょっと高いハンドぐりーむに入っている率は高い。オーガニック化粧品にもよく入っている。おそろしい。

クレンジング、シャンプードレッサー、ボディーソープを兼ねた一本。
上からわしわし洗っていける。

これも好き。たまのはだ。


これはトリートメントも兼ねている。

保湿はこれで今のところはいい感じ。


濡れたまま塗るのがポイントで、そうすると、お風呂あがりにタオルで拭けるのでべたべたしない。パジャマが油でべたべたしてきた歴史が長すぎてもういやなんだよね。濡れたまま塗るので当然乾いた肌に塗るよりも塗りやすいししっとりする。

アクルのエッセンス。これだけで手入れがオッケー。肌も荒れないので好き。

でも高いので、

普段は同じアクルの「myu-rusエラムローション」500ミリというのを使ってます。これはそんなに高くないです。値段は忘れた。

乳液は定まっていないです。無印の使ったり、アルガンオイル塗って髪にも塗ったりします。

ファンデーションは、クリニーク使ったり、アナスイ使ったり適当ですが、一番楽なのは、

オンリーミネラルのプレストを使ってます。振って出す奴だとこぼすしめんどくさいから。下地いらなくて、せっけんで落とせるのがいい。
今はそういうのたくさんある。
ほかにもナチュラルグラッセ使ったりもします。エトヴォスとかママバターも使ってみたい。
ほかにもいいらしいものがたくさんあるので、試したい気持ち。
オンリーミネラルは白っぽいので、ちょっと暗めの色を選んだほうがいいです。


自己卑下と自己憐憫

わたしは、金遣いが荒い。
伴侶はほとんど自分のために何か買う人じゃないので、余計私の金遣いの荒さが際立つ。
わたしが買うもので、生活を豊かにするものや便利にするものもあるので、一概に買い物が悪いとは言えないのだけど。

伴侶は勤勉で、仕事はきちんとするし、穏やかで誰からも信頼される。勉強を常にしているから、どんどん老いていかれるような気がしてしまう。

一緒にいて、彼のメリットは何だろうと思ってしまう。
わたしは、昼間、起きられるときもあるが起きられない時もある。
働いてはいるけれど家族を食わせるほどは働けていなくて、家計の足し程度だ。
仕事のスキルも、あまり伸ばせていない。その点、伴侶は仕事をどんどんブラッシュアップしている。
彼が学びたいという気持ちは本当に純粋で美しくすら感じる。
わたしには、そういうものがないんじゃないかと思うと落ち込んでしまう。

彼が突然わたしを嫌になっていなくなるんじゃないか、と不意に思う。
それは、買い物をしたタイミングのことが多い。お金を使った後、彼の一挙一動におびえてしまう。
不機嫌になるんじゃないか、と不安になる。
彼は決して声を荒げたりはしないのに。機嫌が悪くなることもない。なのに、わたしは、怖くなる。

お金を使わなくなれば自己卑下がなくなるんだろうか。
金遣いの荒さは、去年に比べて、ずいぶんコントロールできてきた。完ぺきではない。でも、前よりはできている。これは事実だ。

わたしができることは事実を積み重ねることだけ。事実を積み重ねて、自分を信頼できるようになりたい。それを自信と呼びたい。


責任逃れのための「自己責任」「他己責任」

自己責任という言葉は、責任逃れのための言葉である。
他人に対して、「自己責任で」というとき、「俺に責任はない」ということだけを言いたいのだ。
もっといえば「俺に迷惑をかけるな」という意味である。
もっとも卑怯な人は、他己責任だ。こんな言葉はないが、「自分に責任はない」ということだけ言いたい人がいる。
自分がしたことに対して、責任を取りたくない人は、ほかの誰かのせいにする。
何か問題が起きて、ほかの誰かのせいにするために、ほかの誰かに「自己責任だろう」ということは両立する。
自己責任だとうそぶく人の本質は、他己責任なのだ。

国が法律を作り、それに沿って社会が動く。だから、社会の動き方には、国が責任を負う。
そもそも、社会は、一人で生きることよりも集団で生きることを選んだ人類の工夫である。
弱いものが弱いままで生きられるようにするために社会が存在する。
社会が、個人を追い詰めるのは本末転倒なのだ。

自己責任だと教え込まれて、それを自分へも課すと、うまくいかない時に、原因を自分に求めるしかなくなる。
仕事がうまくいかないのも、貧しいのも、病気なのも、自分のせいだ、というわけだ。
仕事がうまくいくかどうかも、貧しさも、病気になるかどうかも、運の要素が大きい。
健康的な生活を心がけても、体調を崩しやすい人もいる。仕事の相性がいいかどうかは、運しだい。貧しさも、努力できるような家庭環境に生まれたか、ということが大きく影響する。お金を儲けられるような健康体、性別、国籍でないと難しい。
すべてに恵まれていても、大きな災害に見舞われたらすべて失うことを思えば、全部運だということを納得してもらえるだろうか。

義務と権利は表裏一体ではないのに、いつまでも表裏一体だと信じている人々がいる。
義務を果たさなければ権利を主張するな。
主張を垂れ流すな。
声高な人のせいで、まともに生きている人が迷惑する。
いつも怒っている意識の高い人は不幸なんだろうね、かわいそうに。
本当に日本人なのか。
日本が嫌なら国に帰れ。
そういうことを異口同音に繰り返す人々がいる。
バカみたいだ。

「女はまともに考えることができない、感情的だから」といまだにいう人がいる。
それがすでに論理的な発想じゃないから、言葉も通じないと思って、わたしはもう黙ってしまう。
時代は後退している。

上記のような言葉をいう人々は、でも、やっぱり追い詰められていると思う。これらの言葉を自分に向けないようにしているだろうけれど、書けば目に入るし、言えば耳に入る。人間は自分の言った言葉も聞く。だから、結局、それらの人々は、自分の言葉に追い詰められていくんだろう。

上記の言葉はすべて、「自分には責任がない。こちらに迷惑をかけるな」とだけ言っている。
それらの言葉をかけられた人には迷惑が掛かっている。でも、それは見えないらしい。


依存を超えて自分を生きる

山口達也と非生産(田房永子さん)

この記事を読んでいろいろと思うところがある。

わたしが真に困ったときに、贈られた言葉で「自分を生きてください」というのがあった。

「自分が生きる」が「自分を生きる」になったとき、自由になれますと言われて、心が強く動かされた。

わたしは、依存心の強い人間で、いろいろなものに依存してきた。人に依存したときは最悪だった。お互いに。

出産後、依存することが減った。過食傾向があったけれど、食べることにも依存しなくなった。

この記事を書くにあたって、「子供に依存してるのかな」とも思ったけど、それも違う。

ということを書こうと思う。

以前、田房永子さんの「キレるわたしをやめたい」について「この場面はキレていいと思う」という感想を書いた。それは今でも変わらないんだけど、産後「キレる」ということが増えた時期があったので、「このことを言っているのか」と思った。

たとえば、哺乳瓶を洗っていると、頭の後ろのほうで、パンっとなにかはじけるような感じがして、そのまんまキレてしまう。

怒鳴って、伴侶をたたき起こす。何やってるんだよ!と。

それで、いろいろ対策した。

振り返って、スローモーションで再生すると「頭の後ろのほうに白い塊がわく→それが破裂する」の間には、「なんでわたしばっかり」という気持が隠れていて、その気持ちが「今もそうだし昔もそう」ということを訴えていた。

生まれたときからの恨みがそこにあった。

生まれたときからの恨みを解決するのは難しいので、「わたしばっかり」と思ったら、とりあえず、それをするのをやめようと思った。

キレて家がぐっちゃぐちゃになるまで泣くより、わたしが育児をしないほうがましだという言い訳もあったけれど、それより、恨むくらいならやらないほうがわたしのためだと思ったから。

ましだからだとかなんとかとか、人や自分に言うための言い訳もやめたかった。

わたしがしたくないからわたしはしない。

そういうシンプルなことが大事だろう。

実際には、子供の世話をしたくないといっても、それを代わってくれる人がいないと実行できない。だから、伴侶に頼んだ。

それ以来あまりキレていない。

だから、そういうことなんだろう。本当はしたくないのにしなければならないからしている。だから、しなくてもいいように状況を整えて(そうすることで責任を果たして)、しない。

伴侶には負担をかけて申し訳ないと思うけれどキレたってどうせ負担はかけるから、彼が嫌になったらその時話すしかない。わたしはどうしたって、わたしでしかないから、恨んでキレるか、恨まないで生きるかしかない。

それでも暑い日にはキレることもあるので、キレそうになったら、薬を飲むようにしている。漢方薬も飲んでいる。効いていると思う。

依存をしているときは、単調な刺激をひたすら摂取して、脳を使わないように、刺激で満たして、時間をショートカットしている。幽体離脱と同じだ。今を生きていない。だから、そういうときは、生きている実感がないし、時がたつのがとても早い。それで、自分の人生がいつの間にかまた知らない間に失われてしまったと嘆いて、また恨む。自分の人生を親とか子供に盗られてしまって自分のしたいことができてないと言って恨む。依存しているときにはそれに夢中だから何も考えなくていい。考えているつもりだけど本当の意味では考えていない。

「考えるのをやめる」ことと「依存をやめる」ことは似ている。

考えることをやめるのは思考停止みたいだけど、思考することで生きるのをやめるという状況がある。それが依存。食べることを考えていて食べていてどう食べるかいかに食べるか、それしか考えていない時って、頭使っているようで使っていない。食べることで生きている感覚を取り戻し、そして、食べることで思考をマヒさせる。

だから、食べることについて考えることを止められてようやく生きるみたいな感じになる。

食べることばかり考えているときとか、あと何時間したら睡眠導入剤(以下睡眠薬)を飲めるかだけ考えているときは、生きてはいるけど人生を生きていない。「わたしを生きて」はいない。人生がつらい時、ひたすら睡眠薬を飲める時間を待っていた。睡眠薬を飲むとぼんやりするから。そのぼんやりを「思考が研ぎ澄まされている」ように錯覚しているときもあった。別に何でもいい。睡眠導入剤じゃなくても、過食でも、なんでもよかった。

 

自分が人生を生きなきゃ死ぬってことが本当に腑に落ち始めたのは、五年前が始まりだったと思う。それまでどうやっても無理だった。親を捨ててからようやくやめられた。それまでは「自分で好きなように人生を生きるのは親に悪い」と思ってできなかった。親と縁を切って親に対して理由を説明しなくなってからよくなった。理由を伝えて説得しないといけないと思っていたから、依存しないといけなかった。説明をしなくてはいけない立場は常に弱い。

わたしの親は「理由」をとにかく求める。納得しない。だから、いつも理由を考えて行動していた。そういうのは、わたしのためじゃなかった。親はわたしのためだと言っていた。でも、わたしのためにはなっていなかった。

 

自分が自分を生きないと人生はこのままなくなる。もうすでに30年なくなっていたのに!なくなってしまった!親を許せない。苦しい。憎い。殺してやりたい。

という思考と、

親を許せないが、過去のことを反芻していたらさらに現在が失われる。

という現実の間で五年間苦しかった。どちらも本当だった。

 

親を許せないという気持ちを紛らわせるためにライフステージを進めることが必要だった。友達を作って、居場所を作って、お金を稼いで、伴侶を得る。生活の基盤を確保する。根無し草にはもうこりごりだ。根無し草のままだと子供として扱われて親に入ってこられてしまう。

そういう危機感があった。こんなに明確に思ってはいなかった。明確に思っていたら、相手に悪いと思って、行動できなくなっていただろう。

幸い、みっともないことをなりふり構わずした結果、伴侶を得て、生活の基盤も落ち着き、子供も授かった。

子供を見ていると、子供は成長しようとする方向性を持って生まれていることが分かる。成長は親と距離を広げるということだ。成長すればするほどどんどん離れていく。胎児から新生児、新生児から首が座り、寝返りができ、腰が据わり、ハイハイをする。抱っこする時間がどんどん減る。向こうから来たいときに来る。ハイハイし始めてから、一人遊びの時間がどんどん増えた。子供が親と距離を取るのは自然なのだ。生まれたときから決まっていることだ。それが腑に落ちた。

わたしは、親と別の人間だったのに、侵入されていたから、バランスをとるために、依存をしたり、体や精神のバランスを崩した。親がいなくなれば、原因がなくなるので、元気になった。

依存は生き延びるための手段でもある。依存症や、病気になるから生き延びられるということもある。でも、その生き延びるための手段を捨てて、生き延びる以上の生き方をすることもできる。

 

 

わたしは、田房さんという作家に特別な思いを抱いている。

同世代の似た属性の作家さんだから。

そういう、関係あるような関係ないようなことを考えてこの記事を書いた。

 


悲しみは遅れてやってくる

身内が半年前に胃がんで亡くなった。
それから今やっと悲しい、すごく悲しいと感じた。
半年前、わたしは出産直後で、産後鬱になり、悲しむ余裕がなかった。
その人は、胃がんなのに、妻に働かされすぎて、弱って亡くなってしまった。彼は苦しいと言ったので、周りはみんな助けようとしたが、妻はそれを「陰謀」だと言って退けて、彼を働かせ続けた。そして、彼は亡くなった。
(実父も胃がんだ)
いい人でも悪い人でも人は死ぬのだけど、いい人が死ぬのは堪える。嫌な人でもそれなりに近しければ堪える。

今日、学資保険に入った。伴侶が亡くなっても、子に保証が入るタイプだ。保険会社が倒産しても、保険会社自体が保険に入っているので、9割保証されている。病気やケガ、傷害を負っても、入院しなくても、一日から保険金が入るようにしたので、たぶん大丈夫なはず。15歳になったら、終身タイプの生命保険に入れる。わたしたち親自身は、入ることができない。

わたしたちは、早めに死ぬ確率が高い。二人とも発達障害だからだ。特に、わたしは、ラピットサイクルタイプの双極性障害だから、自殺のリスクがすごく高い。悪くすると40歳で死ぬ。平均的に60歳くらいで死ぬらしい。
わたしはそういうことを「縁起でもないから考えない」というタイプじゃなくて、すごく考えるタイプだ。

実際、躁鬱の波のたびに、自殺の衝動は高まる。薬を飲んでコントロールしているけれど、何かショックなことやライフイベントがあると調子を崩す。

学資保険に入ったことをきっかけに、若くして亡くなった人のことを考えてしまう。
胃がんになる前は死ぬと思ってなかっただろうと思う。まじめな人で、体も丈夫そうに見えた。
死の寸前に自分の葬式の手配までして亡くなったことが本当につらくて悲しい。
妻にそういう能力がなかったのだと彼は知っていたのだ。そこまでしても、死後もめたのだから。
彼の遺品は、時計しかなかった。私物を持つことを許されていなかったのだ。
なにもかもが本当に悲しい。

わたしの子が産まれる一方で、同じ時期に、亡くなった人がいること。
わたしは、彼の死を悼む余裕がなかった。そして、今、余裕ができたので、とても悲しい。
悲しみが押し寄せてくる。

わたしは死に接近しながら生きている。躁と鬱のはざまで、浮き上がるとき、沈んでいくとき、わたしは死に近づく。
ときどき、本当に死にたいと思う時があって、子供のことを考えると、止められるときもあるが、そもそも、子のためにこそ、死んだほうがいいと思ったり、このことを思う余裕もない時もある。強い衝動に引っ張られて何も考えられなくなる。吸引力があるのだ。真っ黒な穴なのか、まぶしい光なのか、とにかく、そんな渦の中に飛び込んでしまいたくなる。そういう病気なのだ。
わたしの意思や、感情とは関係なく、周期的に呼び寄せられる病なのだ。
なんとか、死なないように、生きていたい。
人の死の喪失に、悲しいと思いながら、自分の死を思うのは卑しい。それでも、考えてしまう。
悲しみを感じていなかったからと言って、悲しくなかったわけじゃないのだ。その余裕がなかっただけ。

二度と会えないんだな。心に生きているなんて言葉もあるが、若くして亡くなった人については、ただむなしく思う。
また会えると思っていた。
でも、もう会えない。


子供を撮るためカメラを買った。


ちょっといいカメラを買った。起動が早いこと、人肌がきれいに映ること、コンデジであることを条件に探した。
ミラーレスだと持ち歩きにくい。カメラマンに聞いたら、ズームがあったほうがいいということなので、これにした。
少し値が張るものにしたのは、使って気持ちがいい、という感覚的な部分は、お金を出さないと手に入らないからだ。
趣味を増やしたいという目論見がある。
どんな道具でも楽しめる人は、才能がある。わたしは、触って気持ちが良いものじゃないと、続かないだろうと思った。
生き物として、感覚的に、楽しいものが、わたしにとっていいもの。

趣味は、最初は楽しくない。うまくなり始めると楽しい。うまくなると、次にうまくなるまで苦しい。
だから、最初と、うまくなり始めが、楽に続くようにしたいと思った。
趣味は育てないと、趣味として定着しない。
さあ、趣味をやろう!と思っても、そんなときに、やりたいことは、まずない。
普段から、興味が全然なくても、やってみて、畑に種をまいておかないと、いざという時に育てることもできない。

子供というのはいい被写体なので、これを期にカメラと親しくなりたい。
自己表現の手段は多ければ多いほどいい。

わたしが好きなことを、増やさないと「お母さん」の記号に飲み込まれて、わたしが何をしたい人間なのか、消えてしまいそうだ。
わたしは、旅行が好き、手芸が好き、料理が好き、出かけるのが好き、ネイルが好き、化粧が好き、ファッションが好き。
教えることが好き。
家を片付け、工夫して、使いやすく、居心地よくレイアウトすることが好き。

わたしは、遠くに行きたくなる。どこかに帰りたいと思う。
帰りたいと願う場所が、今いる家でいられるように、いつも工夫したい。
変わらないわたしのまま、わたしを愛せるように、カメラを買った。