パンを分け合う

おやつにレーズンロールを食べていたら、子がはいはいしながらやってきて、椅子に両手を載せて立ち上がって、わたしの顔をじっと見た。

だから、わたしはかじっていないほうをちぎって、子の口に入れた。

もう、同じものを分け合って食べることができる。

子育ては思ったよりも大変ではなかった。わたしは悲壮な決意をして子供を産んだ。

出産時も、母子ともに危ないということで、帝王切開になり、退院してからすぐ、産後一週間後に、伴侶の身内の不幸があって、ひとりで子の世話を三日しなくてはならなかった。

そのため、産後の肥立ちも悪く、産後鬱になりかかった。どちらの両親にも一度も子を会わせたこともない。会わせるつもりもない。

地域の人を含めた、たくさんの人の手助けがありつつ、伴侶と二人で家を回して、子の命をつないできた。

出産後には一時の猶予もなく、子供の生存を保たなければならない。

思いやりよりも、子が泣いたら、起きて、おむつを替えてミルクをやる、という手続きがとにかく大切だ。そのプロセスが失われたら、この、小さな、首や関節がぐらぐらした、いい匂いのする生き物が冷たくなってしまうという恐怖があった。

 

それでも、子育ては、自分の親との不毛なやり取りで消耗するよりも、ずっと楽だった。

親の子供として、三十年生きてきた、自由を制限されてもそのことに気付くこともできず、自分をたわめながら、暮らしてきた日々よりもずっと楽だった。

おかしいという違和感を、理解してしまうと、生活ができないから、お室止めているうちに、体が違和感を表現した。わたしは病気になった。

病気になって、自分の親はおかしい、と気づきながらも、わたしは同時に自分の親のいいところを見つけようとして、酔っぱらったように、不安定だった。家を出たのに、呼び寄せられるように、すぐに実家に帰ってしまう。実家にはもう暮らしていないのに、自分が「家」と呼ぶのは、「実家」だった。

わたしは、無様に見苦しくあがいて、そして、今の伴侶と出会って、子供をもうけた。

嫌なことを言ってくる人とは、試行錯誤しながら接点を減らした。誰が大切でだれが大切じゃないか、何が大切で何が大切じゃないか、見極めるのは難しい作業だった。

今朝は、公園に行った。朝露が芝生を濡らしていたので、石畳の上を歩いた。乾いた芝生に子を置いたら、草がチクチクするのを嫌がって、伴侶の膝に座った。

みんなで麦茶を飲んでから、ゲームセンターに行って、DRSとDDRをして遊んだ。子は、それを見たり、おもちゃをかじったり、飲み物に入っていた、氷をもてあそんだりしていた。

帰宅してから、わたしはレーズンロールを食べた。食べ終わってから、洗濯物を干していると、子がやってきて、膝の中に座った。

子は、頭蓋骨さえ柔らかくて、ミルクのような甘い匂いがして、すべすべしている。頭髪はふわふわしている。「だあだあ」なのか「あぶあぶ」なのか、よくわからないことを言っているので、一生懸命聞く。かわいくなって、抱きしめる。子が抱きしめてほしそうな瞬間もやっぱり抱きしめる。

子供時代、自発的に何かすることをどんどん封じられていたのに、それと同時に「お前は、自発的に何もしない」と言われて、責められた。ゲームセンターに行ったことはほとんどなく、最近、心の中で「そんなものは無駄だ」といいう声が聞こえるのを振り切って、遊びに行ったら、とても楽しかった。ダンスゲームをするときにも「いい年をしてみっともない。うまくできないかもしれないのに。失敗したらどうするんだ」と母の声が聞こえるような気がしたが、無視して踊ったら、とても楽しかった。

働くのは大変、子育ては大変、家事は大変、とずっと言われてきた。だから、感謝しなさいと。

でも、家を回すのは、たいへんでも、楽しい部分が多い。絞り出すように感謝をするよりも、縮こまっているよりもずっと楽だ。

パンを分け合う人がいる今日のこの瞬間の美しさを目に焼き付けておきたいのに、どうしてもそれができない。


人生の折り返し地点

今が人生の折り返し地点だ。

わたしの子供ころ、大人だった人が、どんどんいなくなっている。

わたしがこれから、安定して暮らせるのは多く見積もって、あと二十年くらいだろう。そのあとは、自分の体力や健康の心配も増えて、友達の数が減っていく。

そうしたら、すごく寂しいだろうと思う。

十代は苦しくて、二十代はその清算に費やして、三十代でようやく自分の人生を生きられた気がする。

三十代は、自分のみかたを増やす時期だったと思う。

わたしは、親と疎遠だが、疎遠でなくても、親はいつか死ぬので、元気な三十代、四十代のうちに、親以外との頼れる人を作るべきだった。同世代だと二十年先、困るので、自分より年下の世代とも交流を持ってないといけない。

交流を保つためには、じぶんから率先して、年下の世代と話が合うように、情報を収集して、価値観もアップデートする必要がある。

話し相手として必要としてもらうために、有用な知識や見識を持っている必要もある。

交流する人がいないと、わたしはとてもさみしい。

子供を育てるというのは、その点手っ取り早い。もちろん、子供が、将来、十年に一度か、二十年に一度か、葬式に着てくれるだけでもありがたいと思う関係になる可能性は大いにあるのだけど、それでも、今、周りがどんどん年を取る中で、これからの未来と可能性、生命力の塊と接することは、励みになることだ。

わたしの子供はユニークな人格を持っていて、人を観察するところがある。

やってみて、試してみる、という行動をとる。プレステを止めることも覚えたので、ネトフリでつまらないものを見ていると、自分で消して、親の反応を待っていたりもする。

もうすぐ一歳ともなると、個性が明確になって、頼もしい限りだ。

洗濯物を干したり畳んだりしていると、手伝いにやってくる。

実際には、洗濯物をパンパン叩いたり、洗濯ばさみをもぐもぐしたり、ハンガーを振り回したりするだけだけど、一緒にいるとときめくので、ちゃんと手伝いが成り立っている。いるだけでいい、ってこういうことなんだと思う。

存在するだけですばらしいのだ。

身近な人が、死に支度を始めたので、落ち込んでいた。

そして、自分の寿命や、老いていく過程について考えもした。

具体的にどうやって老いることを乗り越えるのか、考えられてよかった。


依存を超えて自分を生きる

山口達也と非生産(田房永子さん)

この記事を読んでいろいろと思うところがある。

わたしが真に困ったときに、贈られた言葉で「自分を生きてください」というのがあった。

「自分が生きる」が「自分を生きる」になったとき、自由になれますと言われて、心が強く動かされた。

わたしは、依存心の強い人間で、いろいろなものに依存してきた。人に依存したときは最悪だった。お互いに。

出産後、依存することが減った。過食傾向があったけれど、食べることにも依存しなくなった。

この記事を書くにあたって、「子供に依存してるのかな」とも思ったけど、それも違う。

ということを書こうと思う。

以前、田房永子さんの「キレるわたしをやめたい」について「この場面はキレていいと思う」という感想を書いた。それは今でも変わらないんだけど、産後「キレる」ということが増えた時期があったので、「このことを言っているのか」と思った。

たとえば、哺乳瓶を洗っていると、頭の後ろのほうで、パンっとなにかはじけるような感じがして、そのまんまキレてしまう。

怒鳴って、伴侶をたたき起こす。何やってるんだよ!と。

それで、いろいろ対策した。

振り返って、スローモーションで再生すると「頭の後ろのほうに白い塊がわく→それが破裂する」の間には、「なんでわたしばっかり」という気持が隠れていて、その気持ちが「今もそうだし昔もそう」ということを訴えていた。

生まれたときからの恨みがそこにあった。

生まれたときからの恨みを解決するのは難しいので、「わたしばっかり」と思ったら、とりあえず、それをするのをやめようと思った。

キレて家がぐっちゃぐちゃになるまで泣くより、わたしが育児をしないほうがましだという言い訳もあったけれど、それより、恨むくらいならやらないほうがわたしのためだと思ったから。

ましだからだとかなんとかとか、人や自分に言うための言い訳もやめたかった。

わたしがしたくないからわたしはしない。

そういうシンプルなことが大事だろう。

実際には、子供の世話をしたくないといっても、それを代わってくれる人がいないと実行できない。だから、伴侶に頼んだ。

それ以来あまりキレていない。

だから、そういうことなんだろう。本当はしたくないのにしなければならないからしている。だから、しなくてもいいように状況を整えて(そうすることで責任を果たして)、しない。

伴侶には負担をかけて申し訳ないと思うけれどキレたってどうせ負担はかけるから、彼が嫌になったらその時話すしかない。わたしはどうしたって、わたしでしかないから、恨んでキレるか、恨まないで生きるかしかない。

それでも暑い日にはキレることもあるので、キレそうになったら、薬を飲むようにしている。漢方薬も飲んでいる。効いていると思う。

依存をしているときは、単調な刺激をひたすら摂取して、脳を使わないように、刺激で満たして、時間をショートカットしている。幽体離脱と同じだ。今を生きていない。だから、そういうときは、生きている実感がないし、時がたつのがとても早い。それで、自分の人生がいつの間にかまた知らない間に失われてしまったと嘆いて、また恨む。自分の人生を親とか子供に盗られてしまって自分のしたいことができてないと言って恨む。依存しているときにはそれに夢中だから何も考えなくていい。考えているつもりだけど本当の意味では考えていない。

「考えるのをやめる」ことと「依存をやめる」ことは似ている。

考えることをやめるのは思考停止みたいだけど、思考することで生きるのをやめるという状況がある。それが依存。食べることを考えていて食べていてどう食べるかいかに食べるか、それしか考えていない時って、頭使っているようで使っていない。食べることで生きている感覚を取り戻し、そして、食べることで思考をマヒさせる。

だから、食べることについて考えることを止められてようやく生きるみたいな感じになる。

食べることばかり考えているときとか、あと何時間したら睡眠導入剤(以下睡眠薬)を飲めるかだけ考えているときは、生きてはいるけど人生を生きていない。「わたしを生きて」はいない。人生がつらい時、ひたすら睡眠薬を飲める時間を待っていた。睡眠薬を飲むとぼんやりするから。そのぼんやりを「思考が研ぎ澄まされている」ように錯覚しているときもあった。別に何でもいい。睡眠導入剤じゃなくても、過食でも、なんでもよかった。

 

自分が人生を生きなきゃ死ぬってことが本当に腑に落ち始めたのは、五年前が始まりだったと思う。それまでどうやっても無理だった。親を捨ててからようやくやめられた。それまでは「自分で好きなように人生を生きるのは親に悪い」と思ってできなかった。親と縁を切って親に対して理由を説明しなくなってからよくなった。理由を伝えて説得しないといけないと思っていたから、依存しないといけなかった。説明をしなくてはいけない立場は常に弱い。

わたしの親は「理由」をとにかく求める。納得しない。だから、いつも理由を考えて行動していた。そういうのは、わたしのためじゃなかった。親はわたしのためだと言っていた。でも、わたしのためにはなっていなかった。

 

自分が自分を生きないと人生はこのままなくなる。もうすでに30年なくなっていたのに!なくなってしまった!親を許せない。苦しい。憎い。殺してやりたい。

という思考と、

親を許せないが、過去のことを反芻していたらさらに現在が失われる。

という現実の間で五年間苦しかった。どちらも本当だった。

 

親を許せないという気持ちを紛らわせるためにライフステージを進めることが必要だった。友達を作って、居場所を作って、お金を稼いで、伴侶を得る。生活の基盤を確保する。根無し草にはもうこりごりだ。根無し草のままだと子供として扱われて親に入ってこられてしまう。

そういう危機感があった。こんなに明確に思ってはいなかった。明確に思っていたら、相手に悪いと思って、行動できなくなっていただろう。

幸い、みっともないことをなりふり構わずした結果、伴侶を得て、生活の基盤も落ち着き、子供も授かった。

子供を見ていると、子供は成長しようとする方向性を持って生まれていることが分かる。成長は親と距離を広げるということだ。成長すればするほどどんどん離れていく。胎児から新生児、新生児から首が座り、寝返りができ、腰が据わり、ハイハイをする。抱っこする時間がどんどん減る。向こうから来たいときに来る。ハイハイし始めてから、一人遊びの時間がどんどん増えた。子供が親と距離を取るのは自然なのだ。生まれたときから決まっていることだ。それが腑に落ちた。

わたしは、親と別の人間だったのに、侵入されていたから、バランスをとるために、依存をしたり、体や精神のバランスを崩した。親がいなくなれば、原因がなくなるので、元気になった。

依存は生き延びるための手段でもある。依存症や、病気になるから生き延びられるということもある。でも、その生き延びるための手段を捨てて、生き延びる以上の生き方をすることもできる。

 

 

わたしは、田房さんという作家に特別な思いを抱いている。

同世代の似た属性の作家さんだから。

そういう、関係あるような関係ないようなことを考えてこの記事を書いた。

 


「いい旦那さんね」と言われるのがつらい

うちの伴侶はよくやっていると思う。
でも、外の人に「いい旦那さんね」とわたしに向かって言う人がいる。
そう思うなら、そこに本人がいるので、本人に言ってほしい。

わたしは、人生の「サブ」になるのがいやだった。

それもあって、籍を一緒にはしていない。
でも、「伴侶が主」で、「わたしがサブ」扱いを受けることが多くてうんざりする。
それは一つずつは些細なことだ。

家事分担について聞かれて、正直に答えると「全部やってもらってるんじゃん」と言われることだとか。
そんなことはないのだけど。
もしそうだとしても、帝王切開をして、産後の肥立ちが悪く、二回もひどい出血をして、実家には一切の援助なく、わたし自身の病気や障害がある中で子育てをしているのだから、それぞれが精一杯のことをしないと、家が回らないのだ。
だから、やることはお互い当たり前である。
じゃないとわたしは死んでしまう。死んでほしいかと聞くと、伴侶は死んでほしくないという。
わたしに死んでほしくないなら、伴侶が動くしかない。

具合が悪いので、「全部やってもらってる」と言われると、じゃあ、わたしに死ねって言っているのと同じ意味になるけど?と思う。そんな覚悟もないくせに。

能力的には、わたしと、伴侶で違うないというか、分野によってはわたしのほうが優れている。
でも、対外的には、「彼の意見」「彼のできること」にフォーカスが当たって、わたしの意見はないがしろにされやすい。当たり前のように、彼に意見を聞く人が多い。

わたしは、子供を産んだことによって、人生における「伴侶のサブ」になったんだなと実感することが多くて、うんざりする。
この世から消えてしまいたいと思う。だって、彼がいるなら、わたしが世界に煎らないんじゃないのかと思う。

わたしは、家の運営をしている。ムードをよくして、清潔を保ち、栄養のある食事を作り、寝具を補充し、あらゆるものを管理している。
それは彼には手が回らずできないことだ。
必要なものを吟味して、購入して、暮らしやすくすることで、家族全員の健康を守っている。

それだって労働だが、社会の構造的に、そういうものは労働としてみなしていない。
むなしい。
もう、元気がないから、戦うことも難しいので、ただただ、そういう風潮がむなしい。
賃労働をするには、健康が必要で、健康を保つための前提となる労働がある。
わかりやすく言えば、ホームキープ、介護、育児。
そういうものを、賃労働に押し上げてきたのは良い傾向だ。それがなかったことにされていたころよりもいい。
自分でやることで、節約になるかというと、そういうことじゃない。
労働が見えなくなるということ。

子供を産み、育てると3000万円かかるというツイートがある。
わたしは、3000万円よりも、家族のほうが好きだ。
でも、どちらかを選ぶしかないより、両方ほしい。だから、もうちょっと頑張ってみる。


グロテスクに産後クライシスを表現すると

子供を出産するというのは簡単なことではない。
想像してほしいのだけど、一年近く育てた腫瘍を摘出して、三キロの腫瘍と七キロの腹水を取ってから、さあ、次の日から赤ちゃんの世話をしてくださいと言われているようなもの。臓器を一つ摘出したのと同じダメージがあるのに、さあ「あなたは、母親です」と言われて「愛があるのが当たり前」と言われる。

おなかを手のひらサイズに切り開いて、びしっと傷を引っ張って、手を肘まで突っ込んで、ぐりぐり手を動かして、赤ちゃんの肩をつかんで、えぐりだす。それが出産だった。そのあと、胎盤を引っ張りながらぶちぶちはさみとメスで切るのが痛くて、そして、ポンプみたいなので血液と羊水を傷口から取ってから、下からも同じようにぎゅぽぎゅぽ液体を出した。

臓器を一つ取り出して、夜の八時に手術が終わって、次の日の昼のは赤ちゃんの世話をする。
想像してほしいけど、癌だったら大事にしてねと言われるところ。ほかの病気でもおなか切ったらしばらく寝られるでしょう。
でも、動いたほうが回復が早いと言われて動かないといけない。授乳に20分、おむつ替え、げっぷ、泣いたらあやす。それを一時間ごとにだから、授乳して抱っこしてたら次の授乳が始まったという感じ。それが新生児。十分隙間時間があったらいいようなもの。

五か月はどうかというと、三時間ごとに二十分の授乳だからその間には、二時間四十分しかない。その二時間四十分には「遊ぶ」「げっぷ」「おむつ」「記録」「哺乳瓶管理」「掃除」「片付け」「洗濯」「料理」「皿洗い」などなどある。
もちろん、暇だったら、赤ちゃんは泣き叫ぶ。楽しかったらにっこり笑ってくれて、遊んでいるのも楽しいけど、自分を無にしないと、自分が飽きてしまうこともある。
だから、飽きないために、自作のおもちゃを作って、試して、喜んでくれたらうれしいということを報酬にしてみたりして。
手作りおもちゃは愛のためにするんじゃなくて、自分が赤ちゃんと遊ぶことを少しでも楽しめるようにするためだ。
ユーザーによるフィードバックがあるんだと思うとちょっと仕事気分になるから気晴らしになる。
思い付きを試すことができると、まだわたし、人間としての尊厳を保っているかなって思える。

子供というのは世話をしないと、そのかわいさが分からない。
だから「何かすることがあったら言ってね、やるから」という夫は全然いい夫ではない。
言わないと動かない夫はクソの役にも立たない。文字通り。
自分のクソを拭けるのだったら、赤ん坊のお尻だって拭ける。赤ん坊の尻を拭けないなら、自分の尻も拭けないはず。
妻は夫のしりぬぐいしてやる存在でもなければ役割でもない。教育係でもなければ主導権を持つ属性でもない。
主導権を握るしかない母親がいたら主導権をいったんはぎ取って休ませるべきだ。
その後、休養を十分とってから、その家庭の分担を話し合えばいいが、疲れているときには無理だ。
子供が生まれる前と同じ生活をしているほうは、泥棒をしている。相手の時間を盗んでいる。

気が付いて、意識を向けたら何でもできるはずなのにそれをしないんだから、妻に恨まれるのは当然。
意識を向け続けていないと子供が死ぬという切迫感に突き動かされているのを「お母さんだもんね」と片付けられ、たまにやる夫が「素晴らしいお父さん」とほめたたえられているのを見ていれば、ぐつぐつ煮えたぎる感情が生まれる。

あの人はいい人なの、と言われても、実際に、子供が生まれる前と同じ生活を維持しているならそいつはいいやつではない。
妻が死んでもかまわないという行動だ。そう思っていないとしても、実際にしていることは「妻が死んでもいい」と思っている行動だから、いい奴なんかじゃない。
臓器を一つとって、睡眠時間が良くて二時間みたいな妻を放置しておいて「やれることがあったら言ってね」と言っている奴はいい奴なんかじゃない。

わたしなら、そいつを刺し殺す計画を立てる。泣き叫んで、夫に詰め寄る。私はおそらく死ぬかもしれないがお前はそれでいいのかと。

それが正常だと思う。

でも、そうしないで、怒りもせず、くたくたになりつつ、切れないで、それが当たり前だと思っているとすれば、もうそれは正気を失っていて、誰かの助けを必要としている。そういう家庭がいたら、放っておかないで、口を出したい。
文句ひとつこぼさず粛々と家事育児仕事をこなす女性がいたら、体が丈夫なのかもしれないが、わたしはその人が助けを求められないほど判断力が弱っているんだと思う。内臓一つとって今まで通りに生活するどころか、寝ないで誰かの世話をする人がいたらおかしい、大事にしろというじゃないか。母親にだってそうするべきだ。

母親の育児が偏ることがあるかもしれない。それは、子供と母親に接している人間が少なすぎるからだ。誰かが偏っていても、大勢が関わっていたら、偏りは小さくなるはず。そういう風に考えるのが行政。
保育や教育が家庭ごとにあまりにもばらついていたら、その子供に不利益があるから、均等にしようとするのが政治。
大勢の人間が関わったうえで、選択肢を提示しなければ、母親は寄る辺なく、何かに頼ってしまう。それが夫じゃない場合もある。夫じゃなくて、マルチや、カルトかもしれないし、自然食品かもしれない。話を聞いてくれる人がいなければそうなる。
今まで通りの生活をしようとしたら、家庭は崩壊する。夫婦仲も消滅する。


子育てはさみしいの連続

母乳を卒業してしまった。
あの暖かさや、縋り付いてくる感じや、ぼんやりした顔、満足しながら眠っていつの間にか口を開けたまま眠っているのをもう見られないんだなと思うと、胸がざわざわしてしまう。
この子はこの子が必要なことをすでに知っていて、わたしはそれを手助けするだけなんだな。
あっという間に終わってしまうというのは本当で、毎日かみしめるように過ごさないと、どんどん感情があふれてこぼれてしまって二度と会えない。
せつなくてつらくてさみしくていとおしいから離れがたいけれど、巣立てるように、一人で生きていかれるように、最後には私たちを必要としないようにするのが目標だから、育児はさみしい。
それは孤独だからじゃなくて、わが子がいとおしくていとおしくて仕方がないから、成長の一つ一つがきらきらと輝いている、だから、その輝きをみてしまうと、でも、もうそれができなかったころには戻ってくれないから、昨日のあの子にも、生まれたてのあの子にも、過去のあの子にはもう会えない。
あんなに愛したのの、過去のあの子はもういない。
現在のこの子はいて未来のこの子にも会える、それは知っているけれど、あの子には会えない。
笑顔がどんどんうまくなる、声を出して笑ってくれる、あやせばずっと笑ってくれる、泣くこともあまりなくて、必要なことを教えてくれるからそれをしているだけ。
こんなにかわいいのに、見つめているだけで疲れてしまって、わたしは倒れこんでしまう。ときどきつらくなる。
そういうときには人を呼ぶ。密室育児が毒だと思うから、みっともなくても、助けてもらったり疲れたら疲れたからという。
お客さんにも手伝ってもらう。どんどん招待して、どんどん開いた家庭にしたいと思っている。

わたしにはわからないおもちゃの使い方も、赤ちゃんのほうがすでに知っていた、という言い方をされている方がいて本当にそうだと思った。
わたしたちも、子供たちも、同じように賢く愚かで未熟なのだ。
そして、お互いに愛しい。
対等ではなく、でも、尊重し合える。

どうしよう、とてもさみしい。あの子はいるのに、あの昨日までの子はいないんだな。


えらいパパ?&卒乳

赤ちゃんが母乳を吸いたがらなくなって、一週間たつ。
もう、見向きもしない。まだ母乳は出るけれど。
もともと、母乳の出は良いと言われていたのだけど、産後鬱になって、増えてくれなかった。
それでも、四か月、吸ってくれていた。
でも、お正月から吸ってくれなくなった。
すごくさみしい。
あの暖かさ、懸命さ、もう味わえないなんて。

でも、これも、自然な流れだから、受け止めよう。
受け入れることはできないから。

「うんちのおむつ替えるなんて偉いパパね」
と言われて、わたしたちは戸惑った。
おむつを替えるのは正直に言うと楽しい。
健康状態もわかるし、赤ちゃんも喜ぶから。
穏やかな子だとよく言われる。お尻が汚れても泣かないで、「えうえう」と教えてくれる。
穏やかなのはママが穏やかからだよ、と言ってもらえるけど。

それにしても彼が褒められる率はすごい。行くところ行くところで褒められる。
わたしたちは、二人でするのが当たり前だと思っている。だから、困惑する。
わたしの具合が悪いので、むしろ彼にかかる比重のほうが多い。だから、「わたしがダメなのかな」と落ち込んだ。
でも、話を聞いているうちに、どうも、世間の男性が
「おむつ替えは汚いから嫌だ」と言ったり、
ちょっとでもしたら、
「イクメン」といって、威張ったりするらしいのだ。
おむつ替えについては、汚いからという理由らしいけど、その人は、汚いからといって自分の尻を拭かないのか?と思う。
そのほうが汚いと思うんだけど……。
イクママという言葉がないから、イクメンといって威張る理由もわからない。やって当たり前。
もちろん、わたしたちは二人でいるときには、お互いねぎらうようには思っているけど、根本的には、赤ちゃんが無力だから、対赤ちゃんとしてはやって当たり前。大人同士では感謝すれども。

保育園に行かせているから、卒乳はやむを得ないのかなと思う。
去年の暮れに母乳がたくさん出ているから、やれる間にやってね、と言われた言葉が身に染みる。
もっと、頑張ればよかったのかな?
でも、頑張ってわたしがいらいらするよりは、のんびりだらだらしているほうが、赤ちゃんは幸せそう。

夜寝る前に、川の字になって寝ていると、赤ちゃんが、わたしと彼を交互に見て、ずっと頭を振り続ける。
結構なスピードで。そして、にこにこしたり、けたけた笑ったりする。
両方に、二人の顔があることが面白くて、幸せらしいのだ。どっちを向いても、パパとママの顔がある。
わたしたちは、にこにこ見てる。

赤ちゃんは、必ずしも抱かなくても、そばにいて、何かしているだけでもうれしそうだ。
昨日は一時間かけて、服の毛玉を毛玉とりでとっていた。それを赤ちゃんの隣でしていたら、じっと「ママちゃんはすごい」と尊敬のまなざしで見られていた気がした。
赤ちゃんは洗濯物を畳むところを見るのが大好きだ。たぶん、ひらひら動くのが楽しいんだろう。

クリスマスのオーナメントのキラキラの青い球を束ねてつるしたり、ラメの紙をつるしたり、あみぐるみのたこさんをつるしたりすると、引っ張って、ぐりぐり振り回して、青い球をかんかん言わせたり、紙をぶわぶわさせたり、たこさんを吸ったりしている。
一人遊びが上手だ。
いつまで手製のおもちゃで遊んでくれるんだろうなあ。
たいしたことがないものでも、喜んでくれるから、何がうれしいか知恵を絞るのも楽しい。
きらきらして、軽く動いて、音がするものが好きみたい。
お祝いでいただいた、すべすべのタオルにうさぎさんの頭が付いたぬいぐるみが今一番のお気に入りだ。
なめるときの舌触りがいいらしい。
ぬいぐるみそのものだと抱きしめにくいけど、タオルだと、まだ小さい手でも握りしめることができるから、それがいいらしい。
いただいた時は頭だけのぬいぐるみにタオルがついているのはどうやって使うんだろう?と思ったけれど、贈ってくれた人はよく考えてらっしゃったのだな、と感心しきり。

卒乳も切ない。
パパばっかり褒められるのも切ない。
でも、それだけ、ほかの男性がしていない現実を反映しているのだし、卒乳してしまうのも、いろいろな人の手を借りることができるんだと思えるといいな。


思うように勉強できていないけれど

思うように勉強ができていないという話を精神科でしたら
「今は、生活や育児のことを勉強しているんだ」ということを言って励ましてもらえた。
今、背後では、kohhを聴きながらアゲアゲな乳児が指をしゃぶっている。
この人はなかなか敏感で、食欲よりも、父が近づいてきたことを優先する。音がしたらその方向を見る。帰ってきたらお話しする。残念ながら何を言っているかはまだわからない。
わたしがものすごいおしゃべり&パートナーが無口なので、どっちに転ぶだろうか。
何はともあれ、話せるというのはアドバンテージだ。黙っていれば嫌われずに済んだろうという場面をたくさん経験しているけれど、嫌われるのはいつか嫌われるのだ。自分が困っていたり、逆にできることを周りに伝える能力があったほうが便利だろう。
その逆に、無口なのも、人に好かれるのでとてもいいと思う。

わたしは自分で思っていたよりも、家事が好きになった。習ったら、掃除も片付けも食事作りもできる。
今できないのはやりくりくらいだ。これは、パートナーが趣味で管理してくれているので、その範囲で失敗していこうと思う。
さしあたっては、同じようなものを何度もひたすら買ってしまうのをなんとかしたい。

今興味があるのは、不動産のことと、男女の差について。
「女と男」という本を主治医に教わったのでそれをぼちぼち読んでいる。
それから、岩波の「育児の百科」。
これは、73歳の主治医が自分の育児の時に使った本だそうだ。
つまり、おおよそ50年以上前の本だ。
でも、内容は今でもほとんど通用するもので、すでに「痛みを怖がる人がいるのだから無痛分娩を勧めていくべき」ということが書いてある。
遺伝性の病気を持っている人が子供を持つのに悩んでいたら、一度読んでみたらいいと思う。
30歳までに子供を産んだほうがいいと強く書かれているところは少し困ったと感じたが、それ以外は読んでいてとても楽しい。
発刊当時は、いわさきちひろの絵が載っていたそうだ。

わたしは、英語が弱いので、英語をもう少し何とかしたい。
だから、ヒップホップでも聞いて、英語の言い回しを増やそうと思う。
kohhさんは海外のファンが多いから、きれいな英語の訳をつけている人がたくさんいる。
だから、それを読むだけでも、勉強になる。
イディオムや文法、単語……。つまり全部だけれど、勉強をして、しすぎということはない。
しなくても済むけれど、したほうが楽しい。

例えば、不動産の買い時について考えるのにも、中学校の公民の知識でかなり理解できる。
マンションに絞ると、
利率、税金が高い時には値下がりする。
利率、税金が安くなると値上がりする。
それは、ローンを組む層が買おうと思うきっかけが、利率税金だから。
利率が安いと、買おうという動機になる。
だから、需要が増えて、本体価格が上がる。
ローンで買う場合、本体価格×利率+本体価格だから、本体価格が低いか、利率が低いかすれば、安くなる。

でも、本体価格が一番安い瞬間を見極めるのは難しい。特にマンションはそれぞれの固有性があるから。
だから、みんなが利率が低い時が買い時だと考える。
でも、実際には、本体価格が低い時、つまり、需要がなく、供給が有り余っているときも買い時だ。
一番買い時ではないのは、消費税が上がると発表された後の駆け込み需要の時。
政府は、必ず需要と供給を調整しようとするから、消費税が上がった後、たいていの場合は、税金を安くする。

本体価格が上がったり下がったりするには、株価が影響する。
キャッシュで買う層も、ローンで買う層も、どちらも、祖父母力(勝手につけた)が関係する。
祖父母の支援を受けてマイホームを買う人が多いので、祖父母(実家)が持っている財産の形成が株によってなされている場合、株価が上がれば、支援する動機とパワーが高まるので、現役世代が買おうとする。
だから、需要が高まって、値段が上がる。

今後は、オリンピックの後に、値段が下がると予想した人たちが、値段が下がる前にと手放し始めたので、値段が下がりつつある。

上記のことは、中学生の時の知識があればわかる。

わたしは、今、本を読んだり、知識を増やしたりすることはできていないけれど、体の自由が利かない分、考える時間だけはあるから、こういうことを考えたり、調べたりしている。

こういうのも、勉強だ。
赤ちゃんの発育を記録したり、あやしたりすることも、挑戦だ。
保健師さんにも心配をかけたけれど、保育園を利用することによって、だいぶ回復してきた。
それで、精神も安定して、子育てが面白いと思える。
こういう気持ちの変化も、大事に記録していきたい。


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虐待された人間が親になって、まだ三か月ですが、どのように考えているかを中心に書きました。
【内容紹介】
毒親に虐待された子供が、親になるときに、感じたことは、「こんな弱くてかわいい子供に、ひどいことをできるのはおかしい」ということでした。
出産する前よりも、強い気持ちで、親には絶対に会わないことを決意した理由は、虐待の連鎖を防ぎたいからです。
自分のことだけを考えるなら、いつか、自分の気持ちをわかってくれるかもしれないという淡い期待を断ち切れなかったけれど、自分に守るものができて、その期待を捨てようと思いました。

目次
毒親の子が親になった
虐待をしてしまうかもしれないわたしへ
親の喜び
 妊娠初期
 妊娠中期
 妊娠後期
 妊婦に対する男性からの嫌がらせや暴力
 周りの反応
 母親学級による出産にまつわる知識
 出産直前
 成長に対するさみしさ
 親の喜び
 男親のできること
 親には感謝しなくていい
あとがき
奥付


訓練することで見えてくるもの

保育園に見学に行きました。
そこで、四歳くらいの子供の絵を見ました。
遠足に行った時のことを描いた絵だとわかりました。
「バス」「おべんとう」「人がいて」「楽しい」ということが表現されていました。
これは、物事を記憶して、抽象化して、時間ごとに起きたことを切り離せて、しかも、それを平面に表現して、並べることができ、思ったように線画できるという能力がある、と判断できる材料になります。

それで、わたしは「上手だねえ」「すごいねえ」といえます。
わたしがこのようなものの見方をするのは、普段、中高生に勉強を教えているからです。
彼らに、何ができて何ができないのか、あるできなさには、どういう困難があるのか、そういうことを考えながら見ます。
知識がないのか、知識を得る手段がないのか、発育がそれに伴っていないのか、知識を生かす前提がないのか、字を読むことに困難があるか、あるとしたら、目が見えにくいか、字を認識しにくいか、手がうまく動くか、動いたとして、たとえば筆算をそろえて書くことの意義を理解できているか、できていたうえでやれないのか、そういうことを細かく見ていきます。

わたしは基本的にケアレスミスというのは存在しないと思っています。だいたいは、本質的なミスです。
文末まで読む習慣がないとか、文末の意味を理解して、覚えておくことができないか、そういうことで間違えているだとか、そういうことを考えるために「ケアレスミス」という思い込みがあると、その子が何に困っているか、どういう対応をすればいいかが見えなくなるからです。
ケアレスミスは本人がぼーっとしているから起きるというニュアンスがあります。
ボーっとしているとしたら、注意できるようにするために、具体的にどんなことを手伝えばいいのか、そういうことを本来は考えないといけませんが、そこまで考える人はまれな気がします。
だいたいは「気を付けないとだめでしょ!」のようなことを言って終わります。

なんの解決にもならない。

勉強一つとっても、その子の困りごとを解決するために手伝う、そういう姿勢が必要です。
そういう姿勢でいると、見えてくることがあって、その子供の、人格的な側面や、情緒的な成長や、人柄が、非常に影響してくることや、一つの表れを、細かく分解しながら考えていき、どう手伝えばいいのか、考えていくことが大事だということが分かってきます。